デアトロフ峠事件の謎!犯人は原住民?イエティ?果たして真相は?

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以前、映画「デアトロフ・インシテッド」を観て始めて知った、「デアトロフ峠事件」とても興味深い話で気になってちょっと調べてみました。

今回は「デアトロフ峠事件」について概要や真相の謎について書いて見ようと思います。

結構過激な表現が出て来ると思うので、若干回覧注意でお願いします。

デアトロフ峠事件とは?

まず最初にデアトロフ峠事件の概要をまとめてみます。

事件が起こったのは1959年2月2日。

場所はロシアにあるウラル山脈北部にある「ホラート・シャフィル山」の東斜面で起こった。

この山の名前は原住民の言葉で「死の山」という意味のようです。

事件に遭った一行は当時のウラル科学技術学校の学生、もしくは卒業生で、男性8名女性2名。
スキーでのトレッキングが目的だったようです。

メンバーは

・イーゴリ・アレクセーエヴィチ・ディアトロフ

・ジナイダ・アレクセーエヴナ・コルモゴロワ

・リュドミラ・アレクサンドロヴナ・ドゥビニナ

・アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・コレヴァトフ

・ルステム・ウラジーミロヴィチ・スロボディン

・ユーリー・アレクセーエヴィチ・クリヴォニシチェンコ

・ユーリー・ニコラエヴィチ・ドロシェンコ

・ニコライ・ウラジーミロヴィチ・チボ=ブリニョーリ

・セミョーン・アレクサンドロヴィチ・ゾロタリョフ

・ユーリー・エフィモヴィチ・ユーディン

以上10名で構成されていた。

目的地はかなり難易度が高いルートだったがメンバー全員が相当の経験者だった為に誰からも反対はされていなかったようだ。

メンバーの内ユーリー・エフィモヴィチ・ユーディンが急病のため途中離脱してる。

一行は1月27日に山に向けて出発、2月12日には下山したデアトロフが電報を送る予定だったが12日を過ぎても電報は無かった。

登山が長引いていると思われていたが、誰もその事を気にかけず2月20日になって一行の親族の要請がありようやく学校が救助隊を送った。

その後、軍や警察も動き出し大規模な捜索活動が行われた。

2月26日捜索隊が一行のテントを発見、テントは内部から引き裂かれており荷物はそのままだった。

そこから500m離れたヒマラヤスギの下で「ユーリー・アレクセーエヴィチ・クリヴォニシチェンコ」と「ユーリー・ニコラエヴィチ・ドロシェンコ」の遺体を発見。2人は下着姿で靴を履いていなかった。

さらにヒマラヤスギとキャンプの間で「イーゴリ・アレクセーエヴィチ・ディアトロフ」、「ジナイダ・アレクセーエヴナ・コルモゴロワ」、「ルステム・ウラジーミロヴィチ・スロボディン」の遺体を発見。この3人はその姿勢からキャンプに戻ろうしていたのではないかと推測された。

この5人の死因は致命的な外傷が無かった事から低体温症とされた。

他の4人が見つかったのはさらに2ヶ月が経ってからで、ヒマラヤスギからさらに75m程奥の渓谷で見つかった。

この4人の内3人については他の遺体とは様子が異なり、「ニコライ・ウラジーミロヴィチ・チボ=ブリニョーリ」は頭部に大きなケガを負っており、「リュドミラ・アレクサンドロヴナ・ドゥビニナ」と「セミョーン・アレクサンドロヴィチ・ゾロタリョフ」は肋骨をひどく損傷していたこれはかなりの衝撃があった事を意味しており、その衝撃は交通事故に匹敵する程だったが、不可解な事に2人の体に外傷は無かった。

さらに、ドゥビニナは舌を失っており、胃の中に凝固した血液が大量にあった為おそらく生きている状態で舌を失ったのではないかと推測された。

そして、何人かの遺体からは高い放射能の反応が出ていた。

また、事件の前夜現場上空でオレンジ色の光の目撃情報も存在する。

以降、この事件は一行のリーダーの名前を取り「デアトロフ峠事件」と言われるようになった。

結構長くなってしまいましたが、これが事件の概要です。

事件の原因は原住民?イエティ?

この事件には不可解な事が多くあるので、様々な仮説が立てられています。

順番に紹介しましょう。

仮説1:雪崩説

この仮説は一番最初に上がったようで。
まず雪崩が発生、埋まってしまったテントを内部から破って避難しようとした。
軽装で外に出たために、15分ほどで低体温症になってしまった。
低体温症になってしまうと正常な判断が出来なくなるそうで、そのまま寒さにやられてしまったという推測です。

最もそうな推測ですが、舌を失っていた事や放射能の事が説明出来ませんね。

仮説2:原住民強襲説

山に住む原住民に襲われたのではないか?という説。
地元原住民の間ではこの山は決して立ち入っては行けない所として認識されていたようだ、そこに彼らが侵入したので襲われたという仮説です。
この説も結構な有力候補だったようですが、現場にはデアトロフ達の足跡しか無く、放射能の件も説明がつかない。

仮説3:イエティ強襲説

この仮説はデアトロフ達の残した手記に「確かに雪男は存在する。見たこともない大男がいた」と書かれていたために出た仮説である。

この仮説も足跡がない事や、放射能の件が説明がつかないですね。

仮説4:ロシア軍兵器説

彼らはロシア軍のミサイルなどが原因で命を落としたのではないか?という説。
事件当日に目撃されたオレンジ色の光もあることですし。
これなら放射能の説明は出来そうな気がするが、失われていた舌や外傷なしで肋骨が折れる兵器などが本当にあるのだろうか疑問が残りますね。

仮説5:宇宙人説

宇宙人が来てなんかされたんじゃないか?という説。

こうなったらなんでもありのような気がしますが。

まあ、こういった不可解な事件にはこういう説はつきものですよね。

いろいろと仮説がありながらも今だに真相は分かっていないのである。

個人的にはミサイルか何かの兵器で放射能に汚染されて、その兵器のせいで雪崩が発生。

その後原住民が来て体の一部を切り取った、です。(無理矢理ですな。)

あなたはどう思いますか?


以上、デアトロフ峠事件についてまとめてみました。

いろいろ調べていると興味深い事がありまして、原住民が狩猟の途中でキャンプを張り翌朝全員が謎の死を遂げていたという、しかもその時の人数9人

さらに1991年に同じ山で飛行機が墜落して9人が死亡したという話もあった。

デアトロフ隊も9人

謎ですね。

個人的には映画のラストも意外と納得してしまいました。

映画の考察もなかなかおもしろいので興味のある方は観てみて下さい。

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最後まで読んで頂いてありがとうございました。

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